日本浪漫派の中心人物であり、戦争協力者として文学者のうちただ一人GHQから指名された保田の、戦後の代表作のひとつである。
保田の名を有名にしたのは、何よりも戦前に書かれた「日本の橋」である。一般的には「万葉集の精神」が彼の代表作として知られている。しかし、戦後に書かれた作品をむしろ優れているとする研究者もあり(R.ヴルピッタ「不敗の条件」など)、彼らによれば、この「日本の美術史」や姉妹編の「日本の文学史」が代表作ということになろう。
一読すればわかるとおり、これは一般的な「日本の美術史」とは全く異なる。畿内、特に保田の出身である奈良県、特に桜井付近が異様に重視されていること、時代考証や考古学的推定がまったくでたらめなこと、古来から日本人、特に畿内のひとびとは、天皇を文化の中心として崇めており、天皇も文化の保持に心を砕いてきた、とする史観、などは、容易に気付くことである。
しかし、そのようなことが気になる方はそもそもこの本を手に取るべきではない。本書は、そのような保田の世界をまず受け入れた上で、従来の美術評論にまったくとらわれない、保田自身の眼からみた美術評価が、彼一流の美文により表現されるのを味わう、という本だからである。だから、先ほどの「偏った」視点に対する批判は残念ながらナンセンスと言わざるを得ない。
そのような「保田與重郎の美術史」を期待する読者は、100%の満足を味わうことであろう。逆に、それ以外の読者にはまったくお薦めできない。
改版 日本の橋 (保田与重郎文庫)
保田 与重郎新学社
新学社
西洋の橋も日本の橋も此岸から彼岸への交通を目的とするという点では共通している。しかし、その精神的な意味は大きく違う。わが国の橋はより自然に近く、しかも深い信仰心と結びついたものが多い。これが、所収の文章中でもっとも有名な「日本の橋」の主題だろう。ここではわが国の橋の美しさの叙述を通して、わが国の文化の美の本質が語られているのである。
収められている評論の中では、「木曾冠者」がもっとも充実している。芭蕉も木曾義仲を愛した。「木曾を知る少年たちは、みな木曾を愛する。」保田與重郎もこの人物に並々ならぬ愛情を持っていたことが、文章をとおしてひしひしと伝わってくる。(滋賀の義仲寺にはこの三者の遺跡がそろっている。)私も『平家』の中では「木曾殿最期」のくだりが好きだ。義経ばかりでなく、義仲も英雄として扱われるべきことを保田は強調する。判官と冠者。文芸文庫と違って、歴史的仮名遣いで収められているので、けっして読みやすいわけではないが、じっくりと読めばそれだけのものは得ることができる。この著者独特の大和の風景を髣髴とさせるようなしみじみとした文体も歴史的仮名遣いのほうが一層魅力的である。
村山槐多耽美怪奇全集―伝奇ノ匣〈4〉 (学研M文庫)
村山 槐多学習研究社
学習研究社
村山槐多の筆業を集大成した、この伝奇ノ匣は頁数が少ない割に槐多の世界を余すところ無く表している。
「殺人行者」はラヴクラフトの「チャールズ・ウォードの奇怪な事件」に通じるものがある。恐さでいえばラヴクラフトには及ばないが、日本風でいて、実に良い。
槐多の作品には未完のものが多くあるが、「酒顚童子」は幾分他の未完のものより中途半端な感が強く残念だ。前半は童子の妖艶な美と僧達が惑わされていく様が美しく描かれている。
槐多の作品の殆どは、画家であるためか、美麗な色彩で埋め尽くされている。特に、詩にはより顕著に表れているだろう。一部を引用すると、
黒き瑠璃の山脈、赤き血の滴
げせぬ鋭き天のときの声
これらみな紫の異常になげく
夏の午後の一とき (童児群浴)
いやはや、実に綺麗である。